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「2011年9月」
2011年9月15日 17:17
山名 太郎
8か月ぶりに
幸子さんが比叡のお山から降りてきた
黒の和服に細身を包んで颯爽と
残暑を吹き飛ばすようにアルプスチックな
白いマリさんと一緒に
1月と似かよった光景
しかしおれたちは3月の大震災を経験し
死生観が変わったはずだ
政治や政府を信用しなくなり(前からかも!)
原発だって 撤退すべきが多数派となっている
おれだってわずかな間にずいぶんくたびれてきたもんだ
変わらないのは 和装の似合う幸子さんが
一人ではレストランにも入れないシャイさ?
カテゴリー: おりおりの
2011年9月10日 13:28
山名 太郎
自分のことをわざわざとりたてて
「どじょう」という人間を信用できるだろうか
地味で泥臭くパッとしない人物だということはわかるが
それを売りにするのか
どじょう迷惑な!
福島では 農薬のせいで
壊れた原発のせいで
異質な恐怖をまき散らす放射能のせいで
わがどじょう一族は壊滅的状態だというのに
経団連の一部欲の皮ツッパリおやじと声をそろえ
どじょう総理は原発の再稼働を公言してはばからない
これはわれらどじょう族を見殺しにすることではないのか
沖縄には 世界各地の戦争に赴くアメリカの基地がずし~んとあり
人殺しに出かける戦闘機や戦車や機銃や人間が
人殺しに出かけるそのままの気分感情でわめいたりのし歩いたり
この上なく沖縄の人たちを苦しめてきた
辺野古に新たな基地はいらない
普天間基地はすぐ撤去せよ
こんなあたりまえの人々のねがいに
耳を傾けるどころか
アメリカと正面から交渉するどころか
沖縄の人を「説得」するという
あんたアメリカのどじょうか
田んぼの間の小流れの風物詩
人々に愛され食され 気骨もあった
「どぜう」と表記された時代は戻らないのか
カテゴリー: おりおりの
2011年9月 5日 13:51
田原 五郎
志の低い奴らだ などと
周囲に棘を撒き散らして悦に入っているが
ほんとうに志の低いのは 己ではないのか
今の己は
日本を変える 世界を変える
―――と誓った二十代半ばの決意の片鱗も失くしている
生活をまわすわずかなお金のことに心を砕き
ちょっとした評判に一喜一憂し
見世物売り物見かけ倒しの色に気を取られ
雑多な会合の小手先の進行に汲々とし
革命を額縁に入れてしまった
ひざを痛めてのpenguin歩きは
リザちゃんの歓心は買うが
(「かわいぃ」だなんて言われて...)
どどどどど...と足音そろえて敵に迫る
迫力に欠けることこの上ない
東京に出そびれてしまったこともあった
あのころジャーナリストか小説家になる夢を見ていた
しかし 適当にしか勉強しなかった
「つきあってください」という言葉はぼくにはなく
しかも 交際を截つ時の優柔不断
なりたくもなかった職についてのちは
反骨のまねごとに自らの活路を見いだし・・・しかし
あの時 すべての反対を押し切ってでも決断しなかった
議会への道
別れることもしなかった
己はどこかで
高く強い志を持つことを怖れ
そこそこ暮らしの習いを身につけたようだ
父から受け継いだであろう血について
徹底した追究もせず
貧を真正面から受け止めることもせず
ふしだらな(と思っていた)末姉ともまともに対決せず
死なせてしまったことについての
深刻な反省も後悔もない
お坊ちゃん育ちみたいな顔をしている
今まさにたたかいの高揚期が来ようとし
がんばりが求められるのに
がんばりきってぶっ倒れるほどの根性もなく
馴れたそこそこ暮らしに浸っている
だがこれが己の真の姿?
こころざしひくくながく
それでも少しは世の中の役に立っているのか?
カテゴリー: おりおりの