駅の向こうには何があるか
とある小さな田園の小さな駅に列車が停まったとき
わたしはふと のすたるぢあにも似た
なまあたたかい感情にとりまかれた
プラットフォームでもない
鉄路でもない
わたしの心を哀しくさせるのは
黒く 軽い 貨車でもない。
過去を追憶する流れ者のように
ひそやかな哀しみのくゆる窓際に
わたしはうすぐらく沈んでいた。
駅の向こうには何があるか
陽に汚れた街並を駅舎のあいだに眺めながら
本当は何を見ていたのだろう
わたしは ぽっかりあいた改札口の空白を
そのままそっくりひきいれたような心で
人影のない街を歩きだしていた。
山があり川があり 木々があり道があった
粛条とした一本道であった
それに沿うて低い家並が地平線までつづいていた
見知らぬ街の見知らぬ風景
地平線に限られた黒い風景を
わたしはしきりに思い求めていた。が、
気がつくとわたしは相変わらずうすやみの中にいるのだった。
駅の向こうには何があるか
そして地平線の向こうには。
つねにあたらしい疑問に圧倒されながら
動かぬ体を座席に埋め
わたしにはいらだたしい哀しみばかりのこっていた。
ふたたび 目にも心にも訪れることのない
行きずりの小さな駅のたたずまい
そしてその向こうに展べられたはてしない神秘。
列車ははなれ
いつもこんなふうに
わたしは永遠を失っていくのだ。
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修羅
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初期詩篇