凝集された逃走を物語るおまえの緊張は
おれの傷をちろちろなめてゆく
左前方の虚空を焦がす
大滝の炎を見据え
しずかな頬には放射状の恐怖
逃げてきたんですただもう――
逃げたのはおまえだけではない
まぬけた草むらの蛇
めだまのきれいな呑まれた蛙
おたまじゃくしの陳腐な顔
天主堂にまたがって
キリスト遊びにふけっていた神までも
重い灼熱を背負ってここまで――
河岸ニニゲテキタ人間ノ
アタマノウエニ アメガフリ
火ハムカフ岸ニ 燃エサカル
ナニカイッタリ
ナニカサケンダリ
ソノクセ ヒッソリトシテ
川ノミズハ満潮
カイモク ワケノワカラヌ
顔ツキデ 男ト女ガ
フラフラト水ヲナガメテイル (原民喜「燃エガラ」より抄出)
過去はすでにかるくかるく
おまえとおれを解きはなった
ずっしりしたしあわせの重みにかえて
おまえの掌にはまっかな死
ああそれでもおれに寄せる愛撫の手
この手。
こころがひきつるの――
おまえらしからぬこんなことばに
おれは笑ってうなずいたのだ
燃え尽きたのどを震わせて
ムクレアガッタ貌ニ
胸ノハウマデ焦ゲタダレタ娘ニ
赤ト黄ノオモヒキリ派手ナ
ボロキレヲスッポリカブセ
ヨチヨチアルカセテユクト
ソノ手首ハブランブラント揺レ
漫画ノ国ノ化ケモノノ
ウラメシヤアノ恰好ダガ
ハテシモナイ ハテシモナイ
苦患ノミチガヒカリカガヤク (同前)
大氷原へ道はひかり
おまえは哀しい沖積世に
きのうの貝より化生するのだ
やさしいふるさと 虹色の祖たち
波にうけつがれた記憶を求め
いまはこんなにしずかだから
風をまくらに お眠り
やがて
おまえのくちもとにも似た
おまえのさわやかな恥部にも似た
貝くずの花びらをつけて
雄々しくきらきらと
七色のつるぎ
たたかう花が咲きほこるだろう
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修羅
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北海の歌 -代志子に-