category:「北海の歌 -代志子に-」
2011年1月21日 11:28
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修羅
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北海の歌 -代志子に-
凝集された逃走を物語るおまえの緊張は
おれの傷をちろちろなめてゆく
左前方の虚空を焦がす
大滝の炎を見据え
しずかな頬には放射状の恐怖
逃げてきたんですただもう――
逃げたのはおまえだけではない
まぬけた草むらの蛇
めだまのきれいな呑まれた蛙
おたまじゃくしの陳腐な顔
天主堂にまたがって
キリスト遊びにふけっていた神までも
重い灼熱を背負ってここまで――
河岸ニニゲテキタ人間ノ
アタマノウエニ アメガフリ
火ハムカフ岸ニ 燃エサカル
ナニカイッタリ
ナニカサケンダリ
ソノクセ ヒッソリトシテ
川ノミズハ満潮
カイモク ワケノワカラヌ
顔ツキデ 男ト女ガ
フラフラト水ヲナガメテイル (原民喜「燃エガラ」より抄出)
過去はすでにかるくかるく
おまえとおれを解きはなった
ずっしりしたしあわせの重みにかえて
おまえの掌にはまっかな死
ああそれでもおれに寄せる愛撫の手
この手。
こころがひきつるの――
おまえらしからぬこんなことばに
おれは笑ってうなずいたのだ
燃え尽きたのどを震わせて
ムクレアガッタ貌ニ
胸ノハウマデ焦ゲタダレタ娘ニ
赤ト黄ノオモヒキリ派手ナ
ボロキレヲスッポリカブセ
ヨチヨチアルカセテユクト
ソノ手首ハブランブラント揺レ
漫画ノ国ノ化ケモノノ
ウラメシヤアノ恰好ダガ
ハテシモナイ ハテシモナイ
苦患ノミチガヒカリカガヤク (同前)
大氷原へ道はひかり
おまえは哀しい沖積世に
きのうの貝より化生するのだ
やさしいふるさと 虹色の祖たち
波にうけつがれた記憶を求め
いまはこんなにしずかだから
風をまくらに お眠り
やがて
おまえのくちもとにも似た
おまえのさわやかな恥部にも似た
貝くずの花びらをつけて
雄々しくきらきらと
七色のつるぎ
たたかう花が咲きほこるだろう
2011年1月20日 11:28
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北海の歌 -代志子に-
汽車の中は汚れた水晶のようで
寒さにさえ底意ある汚辱が感じられる。
クリーム色のかまぼこ穹から
油煙は神秘のように降りてきて
(窓外の夜がちぎれてとんだのだ)
一点の黒
それにも物語があると小さな表情をたしかめる。
石部 風はなく
ヒューム管が今は灰色に気圏の底
明日にはあのぐわおぐわおとうごめく都市の下で
おびただしい意識の残滓をくぐらせているにちがいない
西口さんが黄色の脚を座席に投げている
この位置からは腰から上が見えなくて
あの脚につづく容貌は誰のだっていい
もちろんよしこの面影を据えてもいいのだ
それはたしかにむごい遊びで――
いやわたくしにいちばん苦しい仕うち
列車は揺れるのに蛍光灯は不動の退屈
新幹線軌道の下を抜け
わたくしを何倍かした距離で
人は衝突を避けているのだが
こんなに簡単な方策を
こころの世界に誰ももちこまない
(それはこころの純血を保つためだ
だろうか?)
よしこよしこ
そろそろと疲労の影の濃くなる車室
まばらな人象はあるにはあるが
それは淡い靄につつまれたやすらぎで
わたくしのようにあざやかな裂かれかたはしていない
幾春別
そのなつかしい土地が
時と空間のカッター使いわたくしを截つ
(もっともひどい現実はおまえからのたよりなのに)
想い出として残して下さい
(ありふれた口吻などと思ってはいけない)
なるほど想い出は高架をつかった交錯だし
わたくしがきちがいにならぬための便法なのだ
けれどよしこ
いまのわたくしから
せいいっぱいの慕情や
鋼青色の洞察や
やわらかい感情のふるえのすべてを
かすめとってゆくおまえの
輝くばかりの豊かな貌を
どうしてきのうの箱にしまえるものか
(北海道に雪がきて
わたくしの稚拙なエゴを埋めてくれればいい)
2011年1月19日 11:27
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北海の歌 -代志子に-
きのうの雲がきょうもまだ空にある
二日を休息し
それでも癒えぬ黄道の迷いが
うす墨の空から落ちてきて
印象派風の絵を再現する
生徒たちはいま
わたくしから遠く離れた水口におり
秋のみずあそびに退屈している
もうそれははっきり目に見えることで
あきのりやひろゆきのてれくさそうな笑顔
ふっと寂しくなったり
時には彼らを超えた虚無の舞台になる
軽飛行機が目路のはしをつと過ぎった
あのあたりは雲も強情で
はねかえる爆音も
かたかたと虚しい
顔を向ける必要はない
わたくしの興味をつなぐために人は飛んだりしないのだ
チャチャーン チャチャーン
わたくしに二時がやってくる
白菊の横の二時
(時と花との接点から
わたくしのよしこがやってくる)
《藤学園?富士だと思ってた。クリスチャンの・・・》
たしかにあのときわたくしは明るく
脳波だってうっとりと乱れていたのだ
《そう。でもあたいは違うのよ。洗礼受けていない》
おどけてはならないことだから
やさしいあいつはまがおで語った
おおきな瞳いっぱいに札幌のアカシアを映し
わたくしはあんなきれいな眼に会ったことがなかったから
しあわせの型をとりちがえたのだ
《中村くん、どうすたらよかっぺ》
こんな楽しいことばをわたくしにくれて
よしこはきながに待つつもりだったのだ
育ててゆかねばならぬものを
植物園のエルムに見いだし
驚いて自己韜晦のおしゃべりを始めたのではなかったか
(アイヌラックルはハルニレ姫の子
わたしは姫に落ちる雷神だ)
それは前後入り乱れたわたくしに都合のいいひとつの潤色にすぎ
ぬけれど
けれど
《雲が動いているね。あまりのろいから青空ごと横すべり。あ、か
らすちゃんが笑った!》
こんな不安な空の下では
あこがれは希薄になり
その丘のむこうがもはや信じられぬくらいだ。
2011年1月17日 11:26
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北海の歌 -代志子に-
峻立する群青のエゾマツ樹壁
山鳥が静寂を無言で裂く
地底の呼吸につれておびただしい霧気
空気の沢に
わたしは明るくはにかんでいる
見えなくなる世界と
Yと
わたしの稚拙な表現と
2011年1月16日 11:26
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北海の歌 -代志子に-
日高の山なみが激しく閉じ
あこがれが
しらしらと海に向かって始まる
襟裳岬
ゆっくりと起ちあがってくる波に
わたしは頭をたれかわいた挨拶を送る
くずれてゆく波の
音の
黒ずんだひびきか
おしかえす茫洋か
わたしの息づかいに
霧の溶暗
正しく自然とともに揺れながら
綿羊は日高のふもとに消える
様似出てからよ
杣路を来れば
襟裳の神が
神が
海みち照らす
神々のとき
海を渡ってこの断崖にとりついた小動物
それは多分わたしだろう
海の向こうの襟裳
そこから始まる透明な憧憬
わずかに明日へ生きる決意により
嵐をついて泳ぎだしたわたし
襟裳の花はよ
疾風が運ぶ
異国の人の
人の
広庭に咲く
生きているとは漂うことだ
かたくなに漂流を渇仰することだ
波の起伏に身を埋め
暗い潮風を嗅ぎながら
ちいさなしぶきが頬をなでるのにまかせる
わたしは
カバの流木にとりすがって人生を休んでいた
もしこのまま眠ってしまったら
(もう眠ってもいいのだ)
わたしは名もない草の種になろう
そして襟裳岬につづく牧草のそばで
つぎの命をそっと萌やすのだ
2011年1月15日 11:25
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北海の歌 -代志子に-
コバルトブルーの空を過ぎって
修羅であるわたし
心意の錯綜に血ぬれ
脚はすでに万キロメートルの酸酷な憎悪を駆け
力に溢れ
力の嘲笑のうちに
炎天はかっと落ちる
その灼熱の世界に見る
さわやかな風に無数のとげ
小さな営みのむこうの貪欲
こんなに燃えているわたしのよしこ
ほのほのつくる深淵に沿って
一匹の魂が這いつくばい
異様に研がれた眼光の切れ味をためす
(俺は修羅だ)
色道地獄懈怠地獄不遜地獄
争奪に敗れた河川の
奔流への澱んだあこがれ
屈曲位の円にとじられた陶酔
終わったのではなく
奈落への旅はさわやかなほど恐ろしく
幻想の列車を用意した
時刻表の尽きるところから
べらべらと迅り
不定期の叫喚を世界に配る
(俺は修羅だ)
氷圏から火圏から
びらびら髪も渦巻いて
凍った微笑に喜悦の青
青の
焼けただれた廃墟に
いま一輪憎悪の花を咲かせる
(俺は修羅――なんという平安だ)
2011年1月14日 11:25
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北海の歌 -代志子に-
ここにいないおまえのために
わたしの青春はよみがえる
うえたいじましい若者のこころは
北海の空に親しい挨拶を送りながら
おまえのおもかげを育てているのだ
札幌はいまロビニアの緑
摩周湖はいま遅咲きの桜
そしておまえのいる小樽は魚の臭いにむせかえっていよう
波の騒ぐ海の向こうへ人々が幸を求めて出かけるように
わたしはわたしの航路を描こう
おまえ
海をへだてているおまえ
わたしがふりかざしたひたむきな決意を
小さな二つの手ですくっておくれ
やがて
流氷が北に帰り
大雪の雪渓にお花畑が映える頃
おまえのまっすぐなまなざしの前で
少しの恥じらいと
晴れやかな笑みを浮かべて
わたしは立っていたい。
2011年1月13日 11:25
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北海の歌 -代志子に-
はまなすの花に耳をあて
はまなすの声を聴いていた
遠いとおい潮風が
波を眠らせながら吹いてきた
わたしのそのまえのわたしのわたし
ひとすじの血に結ばれた
やさしい日本のうたびとの
つかいならした
はまなすの赤いいやほおん
おしあてておしあてて
なみだのおとを聴いていた
わたしではないおおくのわたし
わたしのかもしれないおおくのなみだ
はまなすの花は
潮のかおりにそよいでいた